海のかなた

小川未明

小川 未明 (おがわ みめい、1882年(明治15年)4月7日 - 1961年(昭和36年)5月11日)は、小説家・児童文学作家。本名は小川 健作(おがわ けんさく)。「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」と呼ばれる。娘の岡上鈴江も児童文学者。

なお「未明」は、正しくは「びめい」とよむ。

wikipedia:小川未明

 海(うみ)に近(ちか)く、昔(むかし)の城跡(しろあと)がありました。
 波(なみ)の音(おと)は、無心(むしん)に、終日(しゅうじつ)岸(きし)の岩角(いわかど)にぶつかって、砕(くだ)けて、しぶきをあげていました。
 昔(むかし)は、このあたりは、繁華(はんか)な町(まち)があって、いろいろの店(みせ)や、りっぱな建物(たてもの)がありましたのですけれど、いまは、荒(あ)れて、さびしい漁村(ぎょそん)になっていました。
 春(はる)になると、城跡(しろあと)にある、桜(さくら)の木(き)に花(はな)が咲(さ)きました。けれど、この咲(さ)いた花(はな)をながめて、歌(うた)をよんだり、詩(し)を作(つく)ったりするような人(ひと)もありませんでした。ただ、小鳥(ことり)がきて、のどかに花(はな)の咲(さ)いている枝(えだ)から枝(えだ)に伝(つた)ってさえずるばかりでありました。
 夏(なつ)がきても、また同(おな)じでありました。静(しず)かな自然(しぜん)には、変(か)わりがないのです。日暮(ひぐ)れ方(がた)になると、真(ま)っ赤(か)に海(うみ)のかなたが夕焼(ゆうや)けして、その日(ひ)もついに暮(く)るるのでした。
 いつ、どこからともなく、一人(ひとり)のおじいさんが、この城跡(しろあと)のある村(むら)にはいってきました。手(て)に一つのバイオリンを持(も)ち、脊中(せなか)に箱(はこ)を負(お)っていました。
 おじいさんは、上手(じょうず)にバイオリンを鳴(な)らしました。そして、毎日(まいにち)このあたりの村々(むらむら)を歩(ある)いて、脊(せ)に負(お)っている箱(はこ)の中(なか)の薬(くすり)を、村(むら)の人(ひと)たちに売(う)ったのであります。
 こうして、おじいさんは日(ひ)の照(て)る日中(ひなか)は村(むら)から、村(むら)へ歩(ある)きましたけれど、晩方(ばんがた)にはいつも、この城跡(しろあと)にやってきて、そこにあった、昔(むかし)の門(もん)の大(おお)きな礎石(だいいし)に、腰(こし)をかけました。そして、暮(く)れてゆく海(うみ)の景色(けしき)をながめるのでありました。
「ああ、なんといういい景色(けしき)だ。」と、おじいさんは海(うみ)の方(ほう)を見(み)ながら、ため息(いき)をもらしました。おじいさんは、この海(うみ)の暮(く)れ方(がた)の景色(けしき)を見(み)ることが好(す)きでした。
 つばめはしきりに、空(そら)を飛(と)んで鳴(な)いています。船(ふね)の影(かげ)は、黒(くろ)く、ちょうど木(こ)の葉(は)を浮(う)かべたように、濃(こ)く青(あお)い波間(なみま)に見(み)えたり、隠(かく)れたりします。そして、真(ま)っ赤(か)に、入(い)り日(ひ)の名残(なごり)の地平線(ちへいせん)を染(そ)めていますのが、しだいしだいに、波(なみ)に洗(あら)われるように、うすれていったのでありました。
 おじいさんは、ほとんど、毎日(まいにち)のようにここにきて、同(おな)じ石(いし)の上(うえ)に腰(こし)を下(お)ろしました。そして、沖(おき)の暮(く)れ方(がた)の景色(けしき)に見(み)とれていましたが、そのうちに、バイオリンを鳴(な)らすのでした。
 おじいさんの弾(ひ)くバイオリンの音(ね)は、泣(な)くように悲(かな)しい音(おと)をたてるかと思(おも)うと、また笑(わら)うようにいきいきとした気持(きも)ちにさせるのでした。その音色(ねいろ)は、さびしい城跡(しろあと)に立(た)っている木々(きぎ)の長(なが)い眠(ねむ)りをばさましました。また、古(ふる)い木(き)に巣(す)を造(つく)っている小鳥(ことり)をばびっくりさせました。そして、しまいには、うす青(あお)い、黄昏(たそがれ)の空(そら)にはかなく消(き)えて、また低(ひく)く岸(きし)を打(う)つ波(なみ)の音(おと)にさらわれて、暗(くら)い奈落(ならく)へと沈(しず)んでゆくのでした。おじいさんは、自分(じぶん)の鳴(な)らす、バイオリンの音(ね)に、自分(じぶん)からうっとりとして、時(とき)のたつのを忘(わす)れることもありました。
 夏(なつ)の日(ひ)の晩方(ばんがた)には、村(むら)の子供(こども)らがおおぜい、この城跡(しろあと)に集(あつ)まってきて石(いし)を投(な)げたり鬼(おに)ごっこをしたり、また繩(なわ)をまわしたりして遊(あそ)んでいました。子供(こども)らは、はじめのうちは、おじいさんの弾(ひ)くバイオリンの音(ね)を珍(めずら)しいものに思(おも)って、みんなそのまわりに集(あつ)まって聞(き)いていました。
「いい音(ね)がするね。」
「学校(がっこう)のオルガンよりか、この音(ね)のほうがいいね。」
 子供(こども)らは、たがいに、こんなことをいいあっていました。
 おじいさんは、あるときは、子供(こども)らを相手(あいて)にいろいろな話(はなし)もしました。しかしみんなは、おじいさんの弾(ひ)くバイオリンの音(ね)に慣(な)れ、またおじいさんの話(はなし)にも聞(き)き飽(あ)きると、いままでのように、おじいさんのまわりには寄(よ)ってきませんでした。
「薬売(くすりう)りのおじいさんが、また、あすこで鳴(な)らしているよ。」と、一人(ひとり)の子供(こども)がいうと、
「稽古(けいこ)をしているのだよ。」と、他(た)の一人(ひとり)の子供(こども)がいいました。
「稽古(けいこ)でない、海(うみ)の景色(けしき)がいいから、見(み)てうたっているのだよ。」
「そうでない、ねえ、稽古(けいこ)だねえ。」
 子供(こども)らはいろんなことをいって、議論(ぎろん)をしましたが、また、そんなことは忘(わす)れてしまって、みんなは遊(あそ)びに夢中(むちゅう)になりました。
 ひとり、松蔵(まつぞう)という少年(しょうねん)が、この中(なか)におりました。この少年(しょうねん)の家(いえ)は、貧乏(びんぼう)でありました。彼(かれ)は、他(た)の子供(こども)らが騒(さわ)いだり、駆(か)けたりして遊(あそ)んでいましたのに、ひとり、おじいさんのそばへきて、熱心(ねっしん)にバイオリンの音(ね)を聞(き)いて、感心(かんしん)していました。
 いつしか、おじいさんと、この少年(しょうねん)とは仲(なか)よくなりました。
「どうして、こんないい音(ね)が出(で)るのでしょうね。」と、松蔵(まつぞう)は、不思議(ふしぎ)そうにおじいさんに向(む)かってたずねました。
「坊(ぼう)は、音楽(おんがく)が好(す)きとみえるな。」と、人(ひと)のよいおじいさんは、少年(しょうねん)の顔(かお)を見(み)ながら、笑(わら)っていいました。
「聞(き)いていると、ひとりでに涙(なみだ)が出(で)てくるの……。」
「ははは、坊(ぼう)も、私(わたし)のお弟子(でし)になってバイオリンが弾(ひ)きたいかな。」と、おじいさんはいいました。
「おじいさん、どうか僕(ぼく)に、バイオリンを教(おし)えてください。」と、少年(しょうねん)は、熱心(ねっしん)に、目(め)を輝(かがや)かして頼(たの)みました。
 それからは、おじいさんは、自分(じぶん)のバイオリンを少年(しょうねん)に貸(か)して、弾(ひ)く方法(ほうほう)を教(おし)えてやりました。
 松蔵(まつぞう)は、おじいさんから、バイオリンを教(おそ)わることをどんなにうれしく思(おも)ったでしょう。そして、毎日(まいにち)、日暮(ひぐ)れ方(がた)になると、城跡(しろあと)にいって、いつもおじいさんの腰(こし)かける石(いし)のそばに立(た)って、おじいさんのくるのを待(ま)っていました。
「なかなかよく弾(ひ)けるようになった。」といって、おじいさんは、松蔵(まつぞう)の頭(あたま)をなでてくれることもありました。
 夏(なつ)も、もはや逝(ゆ)くころでありました。おじいさんは、ある日(ひ)のこと、松蔵(まつぞう)に向(む)かって、
「坊(ぼう)や、おじいさんは、もう帰(かえ)らなければならない。こんど、いつまた坊(ぼう)にあわれるかわからない。坊(ぼう)は、きっと上手(じょうず)なバイオリンの弾(ひ)き手(て)になるだろう。私(わたし)のかたみに、このバイオリンを坊(ぼう)に置(お)いてゆく。坊(ぼう)は、このバイオリンで私(わたし)がいなくなってもよく、稽古(けいこ)をしたがいい。」といって、バイオリンを松蔵(まつぞう)にくれました。
 少年(しょうねん)は、どんなに喜(よろこ)んだでありましょう。また、おじいさんに別(わか)れなければならぬのを、どんなに悲(かな)しく思(おも)ったでありましょう。
 おじいさんは、船(ふね)に乗(の)って、遠(とお)く、遠(とお)くいってしまいました。少年(しょうねん)は、おじいさんの故郷(こきょう)を知(し)らなかったのです。ただ、このとき、海(うみ)の上(うえ)を望(のぞ)んで悲(かな)しんでいました。おじいさんを乗(の)せた船(ふね)は、夕焼(ゆうや)けのする、紅(あか)い海(うみ)のかなたに消(き)えてゆきました。少年(しょうねん)は、果(は)てしない、その方(ほう)を見(み)やって、ただ悲(かな)しみのために泣(な)いていました。
 毎日(まいにち)、入(い)り日(ひ)は、紅(あか)く海(うみ)の上(うえ)を彩(いろど)りました。そして、城跡(しろあと)から、海(うみ)をながめるその景色(けしき)に変(か)わりはなかったけれど、おじいさんの姿(すがた)は、もはや、どこにも見(み)ることができませんでした。
 少年(しょうねん)は、おじいさんが、腰(こし)かけた石(いし)のところにやってきました。ありありとおじいさんが、いつものように、小(ちい)さな箱(はこ)を脊中(せなか)に負(お)って、バイオリンを持(も)って、石(いし)に腰(こし)をかけている姿(すがた)が見(み)えたのです。
「おじいさん!」
 少年(しょうねん)は、こう呼(よ)びました。しかし、応(こた)えはありませんでした。
 彼(かれ)は、自分(じぶん)の手(て)に、いまおじいさんの持(も)っていたバイオリンのあるのに、はじめて気(き)づきました。そして、おじいさんは、海(うみ)のかなたへいってしまったのだと知(し)って、かぎりなく悲(かな)しかったのです。
 彼(かれ)は、その石(いし)に腰(こし)をかけました。また小(ちい)さな姿(すがた)で、その石(いし)の上(うえ)に立(た)ちました。そうして沖(おき)の方(ほう)を向(む)いて、おじいさんから教(おし)えてもらったバイオリンを弾(ひ)くのでした。
 少年(しょうねん)は、おじいさんのことを思(おも)うと、胸(むね)がいっぱいになりました。いつしか自分(じぶん)の弾(ひ)いているバイオリンの音(ね)は、悲(かな)しい響(ひび)きをたてていたのでした。
 海鳥(うみどり)は、しきりに鳴(な)いています。頭(あたま)の上(うえ)の松(まつ)の木(き)を渡(わた)る風(かぜ)の音(おと)まで、バイオリンの音(ね)に心(こころ)をとめて、しのび足(あし)して過(す)ぐるように思(おも)われました。
 いつしか、村(むら)の子供(こども)らまで、松蔵(まつぞう)の弾(ひ)くバイオリンの音(ね)を、感心(かんしん)して聞(き)くようになりました。
 松蔵(まつぞう)は、おじいさんがいなくなっても毎日(まいにち)のように、城跡(しろあと)の石(いし)のところにきて、おじいさんがしたように、沖(おき)の方(ほう)をながめながら、熱心(ねっしん)にバイオリンの稽古(けいこ)をしたのであります。
 けれど、ここに思(おも)いがけない不幸(ふこう)なことがもちあがりました。
 松蔵(まつぞう)の家(いえ)が、貧乏(びんぼう)のために、いっさいの道具(どうぐ)を競売(きょうばい)に付(ふ)せられたことであります。もとよりなにひとつめぼしいものがなかったうちに、バイオリンが目立(めだ)ちましたのですから、この松蔵(まつぞう)にとってはなによりも大事(だいじ)な楽器(がっき)を奪(うば)い去(さ)られてしまいました。そして、バイオリンは他(た)のがらくたといっしょに車(くるま)につけて、どこへか運(はこ)び去(さ)られました。
 車(くるま)が、でこぼこの道(みち)をゆきますと轍(わだち)がおどって、そのたびにバイオリンは車(くるま)の上(うえ)から悲(かな)しいうなり音(おと)をたてたのであります。
 松蔵(まつぞう)は、目(め)に、いっぱいの涙(なみだ)をためて車(くるま)の行方(ゆくえ)を見送(みおく)っていました。しかしそれをどうすることもできなかったのです。
 こののちは、自分(じぶん)が、できるだけ働(はたら)いて、自分(じぶん)の力(ちから)でそれを取(と)り返(かえ)すよりは、ほかに途(みち)がないことを感(かん)じました。
 松蔵(まつぞう)は、あの忘(わす)れがたいおじいさんのかたみである、そして、自分(じぶん)の大事(だいじ)なバイオリンを取(と)り返(かえ)すためには、どんな苦労(くろう)をもいとわないと決心(けっしん)しました。それから、松蔵(まつぞう)は、小(ちい)さな体(からだ)で堪(た)えるだけの仕事(しごと)はなんでもしました。工場(こうば)にいっても働(はたら)けば、家(いえ)にいても働(はたら)き、また、他人(たにん)の家(いえ)へ雇(やと)われていっても働(はたら)きました。寒(さむ)い冬(ふゆ)の夜(よ)も、また、暑(あつ)い夏(なつ)の日盛(ひざか)りもいとわずに働(はたら)きました。そして、自分(じぶん)の家(いえ)のために尽(つ)くしました。また、もう一度(ど)、失(うしな)ったバイオリンを自分(じぶん)の手(て)に買(か)いもどして、それを弾(ひ)きたいという望(のぞ)みばかりでありました。
 けれど、あのバイオリンが、はたして、自分(じぶん)の手(て)にもどってくるか、どうかということは、まったくわかりませんでした。もしかだれか、知(し)らぬ人(ひと)の手(て)に渡(わた)ってしまって、ふたたび自分(じぶん)の手(て)に返(かえ)るようなことはないと考(かんが)えましたときは、彼(かれ)は、どんなに悲(かな)しみ、もだえたでありましょう。
 けれど、あのバイオリンは、きっと、いつか自分(じぶん)の手(て)にもどってくるにちがいないと信(しん)じますと、また、彼(かれ)の瞳(ひとみ)は、希望(きぼう)の光(ひかり)に輝(かがや)いたのであります。
 三年(ねん)の後(のち)、彼(かれ)はとうとうバイオリンを、買(か)いもどすだけの金(かね)を持(も)つことができました。
「これから、自分(じぶん)は、バイオリンを探(さが)して旅立(たびだ)ちしよう。」
 松蔵(まつぞう)は、城跡(しろあと)の石(いし)のところにきました。そして、海(うみ)の方(ほう)をながめて、祈(いの)りました。
「どうか、あのなつかしいバイオリンが、私(わたし)の手(て)にもどってきますように。」と、祈(いの)りました。
 空(そら)を鳴(な)きながら飛(と)んでいるつばめは、彼(かれ)のいうことを聞(き)きました。そして、この憐(あわ)れな少年(しょうねん)に同情(どうじょう)するごとく、くびを傾(かたむ)けてながめていました。
 少年(しょうねん)は、両親(りょうしん)や、姉妹(しまい)に別(わか)れを告(つ)げました。
「私(わたし)は、旅(たび)をして、りっぱな音楽家(おんがくか)になって帰(かえ)ります。」
 そういって、彼(かれ)は、故郷(こきょう)を立(た)ち出(で)たのです。
 それから、彼(かれ)は、あちらの町(まち)、こちらの町(まち)とさまよって、バイオリンを探(さが)して歩(ある)きました。
 また、バイオリンを弾(ひ)く家(いえ)の前(まえ)に立(た)っては、じっとその音(ね)に耳(みみ)を傾(かたむ)けました。弾(ひ)いている人(ひと)にどれほどの技倆(ぎりょう)があろう。弾(ひ)いているバイオリンは、なつかしい自分(じぶん)のものであったバイオリンではなかろうか? と、かたときも自分(じぶん)の志(こころざし)と、バイオリンのことを忘(わす)れませんでした。
 少年(しょうねん)は、おじいさんのしたように、薬売(くすりう)りになったり、筆(ふで)や、墨(すみ)を売(う)る行商人(ぎょうしょうにん)になったりして、旅(たび)をつづけました。
 ただ一つ、そのおじいさんの持(も)っていたバイオリンにめぐりあうのに、頼(たの)みとするのは、小(ちい)さな星(ほし)のような真珠(しんじゅ)が、握(にぎ)り手(て)のところにはいっていたことです。少年(しょうねん)は、ふるさとに近(ちか)い町(まち)の道具屋(どうぐや)は一軒(けん)のこらずにきいて歩(ある)きました。
「真珠(しんじゅ)の小(ちい)さな珠(たま)が、握(にぎ)り手(て)にはいっているバイオリンは出(で)ませんでしたか?」
 どこかこの近(ちか)くの古道具屋(ふるどうぐや)に、そのバイオリンは売(う)られたと思(おも)ったからです。そして、まだ、その店(みせ)のすみに残(のこ)っていやしないかというかすかな望(のぞ)みがあったからでありました。
 すると、一軒(いっけん)の道具屋(どうぐや)は、いいました。
「なんでも、そんなバイオリンを三年(ねん)ばかし前(まえ)に買(か)ったことがあります。店(みせ)にかけておくとある日(ひ)、旅(たび)の人(ひと)が前(まえ)を通(とお)りかかって、そのバイオリンを見(み)て、ほめて買(か)ってゆきました。どこの人(ひと)ともわかりませんが、なまりで西(にし)の方(ほう)の国(くに)の生(う)まれだということはわかりました。もう、そのバイオリンはどこへいったかわかるものでありません。」
 松蔵(まつぞう)は、そう聞(き)くと、がっかりしました。
「その人(ひと)は、どちらへいったでしょうか。」といって、ため息(いき)をつきました。
 道具屋(どうぐや)の主人(しゅじん)は、笑(わら)いました。
「なんで、そんなことがわかるものですか。しかし、いまごろは、あの買(か)った人(ひと)も、またどこかの古道具屋(ふるどうぐや)へ売(う)ってしまったかもしれません。あなたが、そんなにほしいものなら、幾年(いくねん)もかかって探(さが)してみなさるのですね。しかし、そんなことはむだなことかもしれません。」と、主人(しゅじん)はいいました。
「私(わたし)には、あのバイオリンでなければ、けっして出(で)ない音(ね)があります。命(いのち)をかけても探(さが)さなければなりません。もしあのバイオリンが見(み)つからなかったら私(わたし)は、もう生(い)きているかいもないのです。」と、少年(しょうねん)はいいました。
 これを聞(き)くと、主人(しゅじん)は、目(め)を円(まる)くしてびっくりしました。
「あなたが、そんなに熱心(ねっしん)なら、きっと見(み)つかるときがあるでしょう。」といいました。
 少年(しょうねん)は、その言葉(ことば)に勇気(ゆうき)づけられました。そして、あてなき旅(たび)をつづけたのであります。
 その後(ご)、幾(いく)十たび、幾(いく)百たび、いろいろな古(ふる)い道具(どうぐ)を売(う)る店(みせ)にはいって、バイオリンを聞(き)いたでしょう。また、あるときは、風(かぜ)の絶(た)え間(ま)にどこからか聞(き)こえてくるバイオリンの音色(ねいろ)に耳(みみ)を傾(かたむ)けて、もしや、だれか自分(じぶん)の持(も)っていたバイオリンを弾(ひ)いているのではないかと思(おも)ったりしました。
 そのバイオリンの音(ね)は、じつにいい音色(ねいろ)でした。そして、それを弾(ひ)いている人(ひと)は、けっして下手(へた)ではありませんでした。けれど、彼(かれ)は、自分(じぶん)のおじいさんからもらった、バイオリンには、けっして、他(た)のバイオリンにはない、音色(ねいろ)の出(で)ることを感(かん)じていました。
「あのバイオリンじゃない。」
 彼(かれ)は、がっかりしました。
 明(あ)くる日(ひ)も、また明(あ)くる日(ひ)も、少年(しょうねん)は、旅(たび)をつづけたのであります。
 春(はる)の日(ひ)の雨催(あめもよお)しのする暖(あたた)かな晩方(ばんがた)でありました。少年(しょうねん)は、疲(つか)れた足(あし)を引(ひ)きずりながら、ある古(ふる)びた町(まち)の中(なか)にはいってきました。
 その町(まち)には、昔(むかし)からの染物屋(そめものや)があり、また呉服屋(ごふくや)や、金物屋(かなものや)などがありました。日(ひ)は、西(にし)に入(い)りかかっていました。少年(しょうねん)は、あちらの空(そら)のうす黄色(きいろ)く、ほんのりと色(いろ)づいたのが悲(かな)しかったのです。
 雨(あめ)になるせいか、つばめが、町(まち)の屋根(やね)を低(ひく)く飛(と)んでいました。このとき、少年(しょうねん)は、疲(つか)れた足(あし)を引(ひ)きずりながら、まだ家(いえ)の内(うち)には、燈火(ともしび)もついていない、むさくるしい傍(かたえ)の軒(のき)の低(ひく)い家(いえ)の前(まえ)にさしかかりますと、つばめが三羽(ば)、家(いえ)の内(うち)から、外(そと)の往来(おうらい)に飛(と)び出(だ)しました。それと同時(どうじ)に、ブーンといって、バイオリンの糸(いと)の鳴(な)り音(おと)がきこえたのであります。
 少年(しょうねん)は、はっと心(こころ)に思(おも)いました。なぜならその音色(ねいろ)は、きき覚(おぼ)えのあるなつかしい音色(ねいろ)でありましたからです。
 もうすこしのことに、気(き)づかずに通(とお)り過(す)ぎようとしましたのを、彼(かれ)は立(た)ち寄(よ)って、その古道具屋(ふるどうぐや)をのぞいてみました。それは、つばめが、止(と)まっていて、飛(と)び立(た)つときに、その糸(いと)を鳴(な)らしたとみえます。そこには、バイオリンが一ちょうすすけた天(てん)じょうからつるされていました。彼(かれ)は、よく見(み)ると、それに小(ちい)さな光(ひか)る星(ほし)のような、真珠(しんじゅ)がはいっていたのでした。
「あ!」と、声(こえ)をたてて、少年(しょうねん)は、喜(よろこ)びに、狂(くる)わんばかりでありました。そしてさっそく、このバイオリンを買(か)って、自分(じぶん)の腕(うで)に奪(うば)うように抱(いだ)きました。まさしく、三年(ねん)前(ぜん)に失(な)くしたおじいさんのくれたバイオリンでありました。
 黄昏方(たそがれがた)の空(そら)に、つばめはないています。そのつばめの鳴(な)く声(こえ)は故郷(こきょう)の海岸(かいがん)の岩鼻(いわはな)でなくつばめの声(こえ)を思(おも)わせました。
「ああ、つばめが、私(わたし)に、教(おし)えてくれたのだ。」と、うす明(あ)かりの下(した)で、バイオリンを抱(いだ)いて少年(しょうねん)は、つばめの飛(と)んでゆく北(きた)の空(そら)をながめていました。
 松蔵(まつぞう)は、唄(うた)うたいとなりました。かつて、おじいさんがそうであったように、脊中(せなか)に、小(ちい)さな薬箱(くすりばこ)を負(お)って、バイオリンを弾(ひ)きながら、知(し)らぬ他国(たこく)を旅(たび)して歩(ある)いたのです。
 入(い)り日(ひ)は、赤(あか)く、海(うみ)のかなたに沈(しず)みました。彼(かれ)は、その入(い)り日(ひ)を見(み)るにつけて、おじいさんのことを思(おも)わずにいられませんでした。旅(たび)するうちに、幾(いく)たびか月日(つきひ)はたちました。松蔵(まつぞう)は、青年(せいねん)となったのです。けれど、彼(かれ)は、どうかして一度(ど)、海(うみ)を渡(わた)って、あちらにある国(くに)にいってみたいという希望(きぼう)を捨(す)てませんでした。
 ある年(とし)の初夏(しょか)のころ、彼(かれ)は、ついに海(うみ)を渡(わた)って、あちらにあった大島(おおしま)に上陸(じょうりく)しました。
 そこには、いまいろいろの花(はな)が、盛(さか)りと咲(さ)いていました。
 彼(かれ)はその島(しま)の町(まち)や、村(むら)でやはり薬(くすり)の箱(はこ)を負(お)って、バイオリンを鳴(な)らして、毎日(まいにち)のように歩(ある)いたのです。こんど、彼(かれ)は、おじいさんを探(たず)ねなければなりませんでした。
 彼(かれ)が、バイオリンを鳴(な)らしながら道(みち)を歩(ある)くと、村(むら)の子供(こども)たちが、男(おとこ)となく、女(おんな)となく、みんな彼(かれ)の身(み)のまわりに集(あつ)まってきました。
「ああ、この人(ひと)だ。この人(ひと)だ。」
「私(わたし)に、どうかバイオリンを教(おし)えてください。」
「わたしにも……。」
 子供(こども)らが、こういって、口々(くちぐち)に頼(たの)みましたばかりでなく、親(おや)たちまで家(いえ)の外(そと)に出(で)て、松蔵(まつぞう)をながめていました。
「どうしたことか?」と、彼(かれ)は、不思議(ふしぎ)に思(おも)いました。すると、一人(ひとり)の子供(こども)が、
「私(わたし)たちのおじいさんが、死(し)になさる前(まえ)に、もし真珠(しんじゅ)の星(ほし)のはいったバイオリンを弾(ひ)いてきた人(ひと)があったら、第(だい)二の私(わたし)だと思(おも)って、その人(ひと)から、バイオリンを教(おし)えてもらえといわれたのです。」といいました。
 彼(かれ)は、このことを聞(き)くとがっかりしました。なつかしいおじいさんに、もう永久(えいきゅう)にあうことができなかったからです。それから彼(かれ)は、花(はな)の咲(さ)き、ちょうの飛(と)ぶ中(なか)で、みんなに音楽(おんがく)を教(おし)えてやりました。

底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社

   1977(昭和52)年2月10日第1刷発行

   1977(昭和52)年C第2刷発行

青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)より引用

yahoo知恵袋より引用

児童書なんだけど大人も楽しめるなあと思ったのは…

「クレヨン王国の十二ヶ月」福永令三
「夏の庭」湯本香樹実
「川の名前」川端裕人
「西の魔女が死んだ」梨木香歩
「大どろぼうホッツェンプロッツ」プロイスラー
「チョコレート工場の秘密」ロアルドダール
少年少女世界文学全集、安房直子さんの作品全般

などです。
似た好みをお持ちの方、ぜひアドバイスをよろしくお願いします。
あさのあつこ、森絵都、エンデ、ケストナーは私もオススメします。未読でしたら是非に。
ちょっと古いのですが、小川未明も。あたたかな雰囲気は安房直子にも通じるものがあると思います。

メジャーな作品はおおよそ挙がってきているので、あまり知られていない名作を。入手しにくい本もありますので、興味がありましたら図書館で探してみてください。
・トールモー・ハウゲン「夜の鳥(河出書房新社)」「ヨアキム(河出書房新社)」
ノルウェーの冬景色の中で紡がれる家族の話。美しい風景描写に投影させた、子どもの心が切ないです。幻想的。
・バーバラ・ワースバ「クレージー・バニラ(徳間書店)」
一見初恋物語風なのですが、人と人の出会いと別れというもっと大切ななテーマが隠れてます。なによりこの本は楽しい。
・今村葦子「なるかみの午後(あすなろ書房)」
ある午後の、少年の出会いと別れの話。すみません。上手く説明できません……なんとかいうか深いです。
・ペーター・ヘルトリング「ぼくは松葉杖のおじさんと会った(偕成社)」「風に向かっての旅(偕成社)」
戦時下で、肌にひしひしと時代の絶望感を感じながらも、優しさと希望を失わない少年。気負わずに読める良作。
・リンダ・スー・パーク「モギ ちいさな焼きもの師(あすなろ書房)」
去年の課題図書。朝鮮半島が舞台というのが目を惹きました。